駐日イエメン共和国大使
マルワン・アブドッラー・アブドゥルワッハーブ・ノーマン氏
- 1950年9月13日 イエメン生まれ
- アデン(植民地)にて初等教育、カイロにて中等教育を受け、アハマド・ロトフィ・アルサイード中等学校(ガザ)に進む。
- 1973年5月 カイロ大学 法学士号取得
- 1983年 オックスフォード大学 外交官養成課程修了
- 既婚。4人の子供がいる。(ヒシャーム 1979年 クウェート生まれ, ブタイナ 1983年 ニューヨーク生まれ, ノア 2001年 サヌア生まれ, ロバ・アシヤ)
経歴
| 1973-1975 | 三等書記官, 外務省(サヌア) |
| 1975 | 三等書記官, 在ベイルート・イエメン大使館 |
| 1975-1976 | 三等書記官, 首席公使, 在アブダビ・イエメン大使館, |
| 1976-1977 | 三等書記官, 在カイロ・イエメン大使館 |
| 1977-1980 | 三等書記官, 在クウェート・イエメン大使館 |
| 1980-1982 | 二等書記官, 外務省。後に一等書記官に昇格 |
| 1982-1983 | オックスフォード大学 外交官養成課程に参加 |
| 1983-1985 | 参事官, 首席公使, 国連イエメン・アラブ共和国政府代表部, ニューヨーク |
| 1985-1988 | 官房局長, 外務省 |
| 1988-1989 | 参事官, 在カイロ・イエメン大使館 |
| 1989-1991 | 全権公使, 在ブダベスト・イエメン大使館 |
| 1991-1993 | 全権公使, 首席公使, 在ローマ・イエメン大使館 |
| 1993-1997 | アフリカ局局長, 外務省 |
| 1997-2002 | エチオピア(兼モーリシャス・ザンビア・ジンバブエ・マダガスカル・モザンビーク・ウガンダ)イエメン大使 |
| 2002-2004 | 官房長, 外務省 |
| 2004-2007 | 駐中華人民共和国、兼駐朝鮮民主主義人民共和国イエメン大使 |
| 2007- | 駐日イエメン大使、兼駐大韓民国イエメン大使 |
参加会議
- アラブ首脳会議(1976, レバノン, カイロ)
- アラブ・アフリカ首脳会議(第1回 1977, カイロ)
- 国連総会(第37回 1983, 第38回 1984, 第39回 1985, 第40回 1986, 第41回 1987, 第57回 2003)
- 非同盟諸国(NAM)首脳会議(第8回 1986/8, ハラレ)
- イスラム会議機構(OIC)首脳会議(第5回 1986, クウェート)
- エリトリア調停高等委員会委員
- 国境問題高等委員会委員(1996-)
- イエメンと海外、アフリカ統一機構(OAU)との様々な二国間協議に参加。
- 国連アフリカ経済委員会(UNECA) 会議(1997-2002, アディスアベバ)、及び東部南部アフリカ共同市場(COMESA)首脳会議(アディスアベバ)。イエメンはオブザーバーとして初めて参加。
- 立命館アジア太平洋大学諮問委員会会員
著作
- イエメンの新聞及び雑誌にていくつかの小論文と研究を発表。また、外交政策に関する多くの調査及び研究を翻訳する。
- 「ハニーシュ群島における法的・政治的立場に関する研究」(フューチャー・スタディズ・ジャーナル, サヌア, 1996/夏, アラビア語)
- 「イエメンの地方行政に関する研究」(アル・タワベット・マガジン, サヌア, 1996, アラビア語)
- 「イエメンは日本からの外国投資を必要としています」(インターナショナル・ヘラルド・トリビューン上で公表された論拠 - 朝日新聞)






